四国八十八ヶ所お遍路歩き旅を終えて 2022/8/2

5月10日に始め、6月25日に結願した四国八十八ヶ所お遍路歩き旅を終えて、1ヶ月ほどが過ぎた。帰宅した当初はすぐに夏山やキャンプのことを考えていたのだが、家で身体を休めると思った以上に疲れが蓄積していたのか、なんかアウトドア遊びに積極的な気持ちが起こらず、ずるずると何もしないまま日数が過ぎた。実際、足の裏の痺れはお遍路を終えた後も30日間ほどは消えなかったし、足が大きくなってしまったのか、それまで履いていた靴がどれも窮屈に感じ、靴紐を大きく緩めて履いても長い時間履いてると窮屈に感じ嫌になる。家では靴下さえ縛られている感じがして嫌で嫌で、帰宅すると今も直ぐに裸足になっている。

私は旅立つ直前に会社を退職した。今はもう働いてはいない。働く心の重荷から解放され、その気軽さと自由を満喫しようとして、何もしないでいるのかもしれない。だからといって、身体を動かすことを全く何もしてないわけではない。家に戻ってからは週に二回は農作業をしていたし、毎週日曜日には合気道の練習に通っていた。農作業は一回に4,5時間はやっており、この猛暑で倒れそうになったこともある。でも、そんなもので、登山、キャンプはもちろん、バイク、自転車での少し遠出の日帰り旅にも行く気にならず、また近所をランニングする気もしなかった。足の裏をとにかく使うことへの無意識の抵抗と身体全体のダメージの蓄積がそうさせていたように思う。4日ほど前に約3ヶ月ぶりぐらいで、8キロほどランニングをした。ペースは遅いがまだ一応は走れた。そして2日前にはプールに行って泳いだ。水をかくと腕が疲れたが、泳げるには泳げる。そろそろ動こうかな。今日、家の庭のブルーベリーの実を採取した。今年2回目の収穫で結構採れた。あと1回は採取できそうだ。

ところで、思った以上に四国一周1300キロを連続で歩くというのは、身体にとって大変なことだったのだと思う。若ければ回復はもっと早かっただろうが、65歳を過ぎての回復はなかなかなものだ。これほどまでにして歩いた四国巡礼の旅は、私にとってどうだったのだろうか? 良かったことは知らない街々や自然をゆっくりと肌で感じ取れたことだろう。こんなことでもしなければ、死ぬまで知らない街の人の暮らしを全く知らないままで過ごすか、それとも地図と写真と情報のみで知った気分になるだけで、肌を通して心で感じて、その感じだこと自体の記憶が残ることはなかっただろう。

「私は四国を感じることができた」。四国のお遍路の旅は、この言葉に尽きるかもしれない。丸一日雨に打たれながら山を歩き、海岸線を歩いた。影のない日照りの中、田んぼの農道を歩き、川縁を歩いた。歩いているとお婆さんに呼び止められ千円札をもらい、うどんを食べていると隣のおじさんからお菓子をもらった。畑作業の老夫婦と作物について話し、酒飲み仲間の家に泊めてもらいお遍路について話した。私は四国の詳細は覚えていないが、体験で感じたことは覚えている。旅の途中、宿の人や他のお遍路さんからもよく言われたセリフ、「お遍路を一度やると、また日が経つとみんな戻ってくるんだよね」、果たして私はこのセリフ通りになるんだろうか? アウトドア遊びの一つである事だけは確かだと思うが、今のところ私は人に勧めることはないだろう。

3日前、農作業をした。収穫はトマト、キュウリ、スイカ、ゴーヤ、茄子、カボチャ、とうもろこし、ししとう、オクラ、ごぼう。トマト、キュウリはもう終わりだ。7月で終わってしまった。例年より早いな。ゴーヤは実はなっているが蔓の育ちが遅い。スイカもカボチャももう終わった。少し早いな。ごぼうの育ちが不十分なまま終わった。なんか気象が少し例年と違い、一度早くに暑くなり、そのあとの梅雨は短く、7月後半からは猛暑と来た。野菜の育ちも感が狂ったのか、おかしな育ちのような気がする。

何はともあれ、8月からアウトドア遊びを再始動しよう。

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