多摩八十八ヶ所巡拝2 天文台が気になり再度駆ける 2022/10/2

先週火曜9/27に多摩八十八ヶ所巡拝で調布を自転車で訪れた。その時、国立天文台の横を走り過ぎるだけで、中には入らなかった。鬱蒼とした木立に囲まれていて、そこには昔の武蔵野が残っているのかも、とブログにも書いたのですが。さて、帰ってから調べてみると、天文台の中には古戦場の跡があるようでした。深大寺城主難波田弾正最後の奮戦地だったようです。また、古墳の跡地もあるようで、歴史の爪跡が残る場所のようです。ということで、今日も天気が青空で気持ち良いので、自転車で天文台に行くことにしました。

多摩川を渡り、野川沿いを北西へと自転車を走らせました。国立天文台へ行く前に、途中にある深大寺城跡を見ようと近くを探し回った。だが、道が分からず断念する。後で調べると、深大寺水生植物園の中にあるようでした。今度、機会があったら行ってみよう。深大寺は日曜ということもあって結構な人が訪れていました。今日は深大寺はそこそこにして、目的地、国立天文台に向かう。到着。小高い小山すべてが天文台の敷地のようで、きっとかつては周りにも家などもなく、真っ暗で星の観察に適した場所だったのだろうと思われる。そして、もっと昔は、森の小山で一部草原のような場所があり、そこで合戦が繰り広げられたのだろうと思う。私は古い天文台、そして今も観測を続ける大きな天文台を二つ見て、国立天文台を出た。中にある古墳の存在を知ったのも後で、この辺りはまた来なければと思う。

そこから地図で北西を見ると、野川沿いに大沢の里という古民家のある場所がある。そこに向かった。手前には収穫した稲穂が干された田んぼもあった。古民家を訪ねて驚いたのは、その古民家の裏になんと、ワサビ田があったのだ。これは江戸時代から、ここで栽培が続いてきたようで、今も続いているとのこと。武蔵野台地に湧く水を使ってのワサビ田、他にもきっとあったのだろう。武蔵野のかつての田園風景が垣間見えたように思えた。天文台の敷地が小山全体で、その小山の脇にこの大沢の里はある。里からすぐ近くの小山の断崖にかつて作られた出山横穴墓というのがあり、それも見た。古墳時代から奈良平安時代まで作られていた、横穴式のお墓だ。この辺りは野川があり、農業がずっと続いていたのだろうな。小山の上に上がると西に北に丹沢から奥多摩、秩父の山々が遠くに見えた。大沢の里のスタッフの方に聞くと、ダイヤモンド富士がここから見えるとのこと。ここはきっと人を呼び集めるパワースポットなのかも知れない。

民家園の一つとして、ここからすぐそばに水車小屋があるというので、そこにも寄った。野川から水を引き流れを取って、昭和30年代まで実際に使われていたらしい。米、麦の脱穀や粉挽きが全て水力によって、なされていたという。木材で全て作られていて、その専門の大工もいたらしい。凄い、自然の力を知恵で利用した技、感動した。途中から電気を使った脱穀機なども、その小屋にはあって、昔懐かしい機械を見ることができた。かつては水車は武蔵野の地にきっといくつもあっただろう。武蔵野の地は起伏の多い大地が広がり、そこを腰あたりの高さの草が一面を覆い、そして平らな川の周辺には農村が点在していたのだろう。そして、江戸時代には三鷹は鷹狩りの場としても有名だったようで、起伏の少ない草原的な風景も広がっていたのだろう。三鷹の「鷹」はここから来ているのか、なるほど。何か少し、古の武蔵野を感じ取れたかも知れない。国木田独歩は気高い山や波が打ちつける断崖のような遠くにある自然ではなく、近くにある自然、身近な自然の武蔵野を愛したのだろう。普段着のままでもすぐに溶け込むことのできる自然、日常と隣り合わせにある厳しさよりも優しさに包まれた自然に安らぎを見出したのだろう。

大沢の里を後をにして、私は先日、時間が遅くなり閉門されたため見ることの出来なかった、多摩八十八ヶ所第五番大正寺に向かった。調布駅のそば、電気通信大学の横だ。少し変わった山門を抜けると、中は広く、とても綺麗な静謐な寺社だ。本堂でお作法を済ませ、寺務所に伺い御朱印をいただいた。この大正寺も隣りには大きな神社、布多天神社があった。続いて甲州街道を東に向かい第六番の常性寺へと自転車を走らせた。常性寺は甲州街道から少し入ったとこにあり、ここも大正寺と同様に大きなお寺で、調布不動尊として多くの人に愛されているようだ。私が参っている間にも、何人もの人がお参りしていた。馬頭観音もあり、調布の特産としての織物を馬に引かせていたからだそうだ。常性寺を後にして、私は多摩川を渡り、矢野口からそのまま鶴川街道を西に向かった。10分ほど走ると左手に第七番威光寺があった。境内にある弁天洞窟は横穴式古墳のようですが、現在は見ることができませんでした。御朱印をいただき、今日はここまでとして帰ることにした。帰りに小さな川を見つけ、そこから府中川崎街道の稲田堤まで川沿いを走った。三沢川という川。川沿いの走りは便利です。

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