鳥海山、思った以上に厳しい山。でも良かった  2023/8/30-9/1

一昨年に山形県の月山に登った。山頂の小屋から朝、美しい流れる雲海と日の出を見て感動しました。と同時に、北に見える鳥海山の日本海に伸びる稜線の美しさにも心が震えました。鳥海山も登ろうと決意したことが、今年実現しました。

今回の登山は友人と2人です。私がモンゴルに行くやらでバタバタしてる中、友人が色々と調べ、手配してくれ助かりました。また、天気も下り気味だったところに台風が発生して変化があり、その中で予定から1日ずらしで、良い天候の中を登山することができました。ま、そのあまりにも良すぎた天候にダメージを受けた結果にはなったのですが。初日、早朝に羽田から酒田行きの飛行機に搭乗。そして、酒田空港からはタクシーで鳥海山の南側、湯の台口に到着。10時ごろ、ここから登山開始。傾度のある道をてくてくと登る。だんだんと暑さで汗が止まらない状況だ。滝の小屋で少し開けた所に出た。氷河のとけた水が流れる小川で顔を洗い、少しスッキリ。そこからまた厳しい坂道、八丁坂を上る。河原宿小屋に出る。今はもう営業していない小屋だ。11時半、暑さでバテたので、ここで昼食とした。ここからは夏でも解けない雪渓が残っているのだか、今年の夏の異常な暑さのためであろう、雪渓が小さくしか残っていない。「心」に見える「心字雪渓」などは「心」とは読めなかった。雪渓の上を歩くことなく、あざみ坂までを大きな石がゴロゴロするところを登った。最後に少し雪渓を横切り、あざみ坂に着く。2リットルの水、600ccの水とお茶、ここまでで約半分は飲んだ。暑い、きつい。雪渓を横切る際に雪渓の溶けた水を補給。さて、あざみ坂から外輪山に辿り着くまでが、これまで以上の傾度を登ることになる。登山口からここまでずっと、日陰のない道を太陽に照らされながら歩いている。バテた。コースタイムの1.5倍をかけて登り切る。鳥海山の外輪山の一つ、伏拝岳にやっと到着。ここからはあまり登りはなく、外輪を行者岳、七高山と行く。七高山は2229m。

そこから山小屋のある側へと、外輪山から急な坂を下り、そして少しまた登って宿泊地、山頂の小室小屋に16時ごろに到着した。予定より1時間半遅れ。この暑さの中では上出来だ! 大物忌神社にお参りし、無事下山をお願いし、その後は缶ビールで乾杯。そして、夕食を食べ、その後は日本海に沈む夕陽をじっくりと眺めた。そう言えば月山の時も見たな。あとは寝袋を広げて寝る準備。準備を終えて、もう一杯飲むつもりでいたが、何と準備の確認のつもりで寝袋に入ったつもりが、そのまま本眠りに入ってしまった。多分3分ほどで寝落ちしたのだ。8時ごろから翌朝の5時まで、グッスリだ。昨晩があまり寝ていなかったこともあるが、やはり今日の登りで疲労困憊したのだろう。

翌朝、外に出ると靄がかかっている。鳥海山の山頂、新山も真っ白な靄の中だ。朝食を済ませ、身軽な状態で新山を登り始める。大きな岩の積木をひっくり返したような状態で盛り上がってできたような山だ。ところどころに書かれた矢印を頼りに、ケガせぬよう注意深く登った。そのうち知らない間に頭上は真っ青な空が広がっていた。途中2人連れの一組とすれ違っただけで、あとは誰にも合わずに、頂上に着いた。SNSでお馴染みの「2236m 新山」と書かれた岩がある頂上だ。日本海、月山、内陸の山が見渡せる。頂上から小屋に戻り、荷物を背負って、外輪山ではなく、谷側を西へ、日本海に向かって下山を開始した。風が強くなっていることもあり、外輪山を歩くよりかは良かったのであろう。しかし、道のりは長く、足が疲れる。左下に少し水枯れしたような鳥海湖を見ながら小浜小屋を過ぎ、ひたすら鉾立登口へと向かう。足の裏が痛い。そして、今回は荷物が重いせいだろうか、最後の1時間半は腰が耐えきれず腹が前に出てしまう感じで下山した。こんなことは初めてだ。いやはや疲れました。鉾立の直前に後ろを見返すと、遠くに鳥海山山頂が見える。あのてっぺんにいたのか、よく頑張りました、と自分を褒めた。鉾立の休憩場所でのかき氷は本当に美味しかった。約束した時間にタクシーが来た。これで、今日の宿泊地、吹浦の坂田屋旅館に向かう。今回、行きと帰りにタクシーを利用したが、これは旅館を予約すると2時間分のタクシーがセットで無料でついてくるというキャンペーンを利用したからだ。これも友人の手配で利用できた、感謝だ。

旅館に行く前に道の駅に行き、買い物。そして、旅館についてからは温泉に入り、近くの釜磯海岸に散歩に行った。ここは鳥海山の伏流水が湧き出ている海岸だ。確かに冷たい水が湧き出ていた。この海岸だけでなく、この辺り一帯は湧水がいっぱい出ているようだ。鳥海山のお陰だ。

翌日、宿からぶらぶらと2キロほど歩いて吹浦の駅に着き、帰宅への電車に乗った。よい登山だった。月山の時と同じように少し舐めてかかって、実際は大変な思いで登ったという、思い出深い山となった。

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